SONY BRAVIAのViral Advertisement(バイラル広告)

2006年、Sonyのテレビ Braviaのコマーシャル「Bouncy Balls」は、色がテーマであることを表現するために、25万個のカラーの弾むボールがサンフランシスコの街を転げ落ちる映像がネットで話題になりました。

イギリスで放送されたこのCMがYouTubeに投稿されて、すでにネットで368万人の人によって閲覧されています。

面白い広告を作ろうとする、その遊び心、こだわり、姿勢、過程は、実はSONYのイノベーションのDNAとオーバーラップして、多くのユーザの心を揺さぶり、共感を広げ、SONYブランド形成に大きく寄与しています。

特にこのCMを制作する過程は、「Sony Bravia Ad Making Of」や「Sony Bravia Ad behind the screen」として公開しており、「面白くて独創的な広告」を作ろうとするSONYの情熱、発想、努力を公開しています。「面白く独創的な広告」を作ろうとするその真摯な姿勢は、「面白くて独創的な製品」を作ろうとするSONYのDNAを表現しています。

「面白くて独創的な広告」
→ 「面白くて独創的な製品」
→ 「面白くて独創的な価値を追い求めるSONYというブランド」
を表現しています。

「見させられる広告」から「共感する広告」「面白くて独創的な広告」 → 「面白くて独創的な製品・サービスを提供するブランド」へと、ブランド形成の方法とプロセスが大きく変わろうとしています。

YouTubeが成功した理由の一つとして、映像の見る際に、強制的に広告が挿入されておらず、すぐ見たい映像をみることができます。テレビやGyaoはすべて強制的に広告を挿入しています。ユーザがいつまでも「最初の広告の挿入」を我慢してくれるのか、課題です。

共感する広告」「エンターテイメントできる広告」は、コンテンツの前や途中に挿入する必要は全くありません。ユーザがその広告をみるという唯一の目的で、その広告を喜んで見るし、しかもその感動を多くの人々に伝えてくれます。

見たくない広告を強制的に挿入するのではなく、いかに「共感する広告」「エンターテイメントできる広告」を創っていくのかが課題ではないかと思います。

上のCMの制作過程は、BRAVIA-Advert.comの「Behind the Scenes」 http://www.bravia-advert.com/commercial/ でみることができます。映像を見るのにQuicktime 7 が必要です。

SONY Bravia

CMの中で流れている音楽「Heart Beats」も話題になり、Jose Gonzales氏のライブも見ることができます。

触発された新しい創作

このCMに触発されて、清涼飲料水のTANGO社は、カラーボールの代わりに、ミカン、レモン、りんごなどのフルーツを使ったCMを制作しました。


 チーズのDoritos社は、カラーボールの代わりに、大きいチーズでCMを制作しました。

いくつものパロディ映像が投稿されています。

SONYの「Bouncy Balls」の広告がネット上で話題になったことから、SONYも
BRAVIA-Advert.com http://www.bravia-advert.com/ 
という広告専用サイトを立ち上げ、続編の広告として建物からカラーのペンキが噴き上がるCM制作の過程を公開しました。

Branded Entertainment としての展開を意識しています。

スコットランドのグラスゴーでの、このCMを制作する風景も投稿されています。

CMに触発されて、類似のCMやパロディ映像がネットで話題になり、影響の輪が広がっていった様子がよく分かります。

YouTubeが提供する「映像の共有」よって、確かに新しい何かが生まれているのです

新しい広告の胎動
-「見る広告」から「共有する広告」「共に創る広告」へ

これからの広告は、見るだけではなく、このブログのようにユーザが自由に、自分のWebサイトやブログに張り付けられたり、それに触発されて新たな創作を誘発したりするような新たしい広告の形が広がるのではないかと思います。

SonyのBraviaのコマーシャルは、無断でYouTubeに投稿されて、最初からこのような広がりを想定していなかったと思います。図らずも新しい広告の可能性を示すものになりました。

YouTubeによって、確かに何かが変わったのです。

Time誌の2006年12月25号は、「Person of the Year」として、誰かの有名人や偉人を選ばずに、「You」を選びました。すなわち、一般の大衆の私たち(You)です。YouTubeがもたらした社会現象がこの認識に大きく影響を与えています。

「面白いから、許される・協力しよう」の社会風土

一企業のCMのために、サンフランシスコという街を舞台に、25万個のカラーボールを落としていくことは、日本では到底考えられないのではないかと思います。

車・窓ガラス・子どもに当たったりでもしたら、たとえキズがつかなくても、怪我しなくても、日本ではなかなか許容することができないと思います。

米国では「一企業の変わった試み、新しい創作への試み」に対して、社会がかなり寛容ではないかと感じています。「面白いから協力しよう。少々不都合があっても許容しよう」ではないかと思います。

日本では個人の権利や利害への侵害に対して、非常に敏感で、合意をとる自体が非常に難しいではないかと思います。「社会的に意味があっても、面白いであっても」、なかなか協力が得られにくいのではないかと思います。忙しい過ぎるせいかもしれません。

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